田舎において県下No1の”公立校”の評価は異常にまで高い。
大学の友人たちの多くは都内の中高一貫出身であり、この感覚はわかってもらえないかもしれない。
かくいう私も埼玉の某進学高(5人に一人は東大に進学するような高校だ)の出身なのだが、その高校に合格したとたん、もう親戚ご近所全員から祝福された。あれは今でも異常だと思う。
思うに、高校なんてものは通過点なのである。
いくらいい高校に進学しても、高校で怠ければ意味がない。
また、その高校に進学すること自体が目的化してしまう。私はまさにこのパターン。中学時代いじめられていた。また学校の成績はそこそこ(それでも一桁台だったが)、校外模試は圧倒的(学内で1位か2位)だったがために、中学の担任からは、実力と志望校があっていないと言われ。その結果見返してやるという気持ちが強まり、その高校に受かることが目標になってしまった。
その結果どうなったかといえば、高校に進学したもののモチベーションゼロ、その先の進路なんか何も考えていない。(これは当時親の介護でメンタルやられたせいもあるが)
高1の秋には文理選択があるが、そのことについてゆっくり考えるいとまもなく。
結果、大学で学びたいことなんか考えることもせず、たどり着いた先は変わらず、ブランド信仰。そこそこ勉強できるし、”学部なんてどこでもいいから”東大目指そう。破滅へのロンドが聞こえてくる
(この辺の話は後日「東大を目指すべきではない理由」として記事にしようと思う。)
まとめ
高校だって偏差値だけでなく、どんな高校生活をしたいか、自分と校風があっているのか、そのような形でもっと広い視野を持つべきだったと今では思う。
そもそも論として、高校受験にはデメリットが大きいと今では思う。
高校受験があるがために中三の後半はその後、将来にそこまで役に立たない、中学範囲の知識を重箱の隅レベルまで詰める必要がある。やっていることはまるで虚構新聞の中学院と同じだ。
受験のために時間をとるのならば中学受験のほうが圧倒的にいい。
中高一貫であれば、将来の進路についてゆっくりと考える時間があるし、高校生というロールモデルが身近に存在する。高校の授業範囲も先取りで終わる。
現在東大合格者の八割が中高一貫出身者なのだがそれは必然だと思う。高校受験というのは正直非効率だ。
でもどると、なぜに名門校は礼賛されるのか。不思議でならない、どこ大に合格したより、どこ高に合格したかが褒められる変な世界だと今では思う。